田口計さんの死去と死因は?
田口計さんは2026年1月27日に93歳で亡くなり、死因は誤えん性肺炎でした。
「水戸黄門」や「大岡越前」などを見てきた世代にとっては、名前より顔を見た瞬間に「あ、この人!」となる俳優さんではないでしょうか。
悪徳商人や悪代官などを演じる姿が印象的だっただけに、訃報を知って寂しさを感じた方も多そうですね。
ここでは田口計さんが亡くなった時期や死因、晩年の様子について順番に見ていきます。
田口計さんがどのような最期を迎えたのか、まずは93歳で亡くなるまでの状況から確認していきましょう。
田口計さんは2026年1月27日に93歳で死去
田口計さんは2026年1月27日に亡くなりました。
1933年1月10日生まれで、93歳の誕生日を迎えてから間もない時期だったことになります。
本人の希望により葬儀は行われず、長男と次男の2人が火葬に立ち会ったとされています。
長年テレビで見かけていた俳優さんだけに、93歳と聞いて「そんな年齢だったのか」と驚きました。
1955年の映画デビューから数えると、実に長い芸能人生だったことが分かりますね。
では、田口計さんの命を奪った死因は何だったのでしょうか。
田口計さんの死因は誤えん性肺炎
田口計さんの死因は、誤えん性肺炎です。
神奈川県内の病院で2026年1月27日に亡くなりました。
誤えん性肺炎という言葉はニュースでも見かけますが、好きだった俳優さんの訃報で目にすると、やはり重く感じますね。
田口計さんは約10年前に胃がんが見つかり治療を受けたものの、その後は体調も落ち着き、妻と旅行や食事を楽しんでいたとされています。
今回明らかになっている直接の死因は、あくまで誤えん性肺炎です。
では、亡くなるまでの田口計さんはどのような生活を送っていたのでしょうか。
晩年は体調が衰え介護付き施設で生活していた
田口計さんは晩年、身体全体が衰え、介護付き施設で生活していました。
亡くなる前年の秋には自宅で体調不良を訴えて救急搬送され、その後、介護付き施設へ移ったとされています。
さらに妻も体調を崩し、一時期は夫婦で同じ病室に入院していたそうです。
長年連れ添った夫婦が同じ病室で過ごしていたと知ると、華やかな芸能界とは違う田口計さんの一面が見えてくる気がします。
悪代官のイメージが強烈なのに、実生活では家族との穏やかな時間を大切にしていたというギャップも印象に残りますね。
そんな田口計さんが93歳までどんな道を歩んできたのか、次は東大卒という意外な学歴も含めて経歴を詳しく見ていきます。
田口計さんの93歳までの経歴を解説!
田口計さんの経歴をたどると、時代劇の名悪役というイメージだけでは語れない、多彩な俳優人生だったことが分かります。
特に目を引くのが、東京大学文学部英文学科を卒業していることです。
1955年に映画デビューした後は、映画やテレビドラマ、舞台へと活動を広げ、さらに英語力を生かして海外作品の吹き替えでも活躍しました。
悪役として強烈な印象を残しながら、実はかなりの知性派というギャップも田口計さんの魅力ですね。
ここからは、東大時代から「水戸黄門」などでおなじみの名悪役になるまでの経歴を追っていきます。
東大文学部英文学科を卒業した高学歴俳優
田口計さんの学歴で特に注目されるのが、東京大学文学部英文学科を卒業していることです。
出身高校は長野県野沢北高等学校で、その後、東京大学へ進学しました。
時代劇で悪徳商人を演じる姿を何度も見ていると、「実は東大卒」と聞いた瞬間のギャップがなかなか強烈ですよね。
しかも英文学科で学んだ経験は、後の海外作品の吹き替えなどにもつながる経歴となりました。
学歴だけがすごいのではなく、学んだことを仕事の幅につなげているところにも田口計さんらしさを感じます。
そして田口計さんは大学在学中から、すでに俳優としての第一歩を踏み出していました。
1955年に映画デビューし俳優として活躍
田口計さんは1955年、映画「愛すればこそ」でデビューしました。
東京大学在学中に俳優として活動を始め、その後は映画だけでなくテレビドラマや舞台にも活躍の場を広げています。
さらに1962年には劇団新劇場を立ち上げ、俳優だけでなく演出や翻訳などにも携わりました。
1955年から2026年までの歩みを考えると、70年以上にわたって芝居と関わってきたことになります。
会社員なら「勤続70年」と聞いただけで腰が抜けそうな長さですから、一つの世界でこれだけ長く活動したこと自体が驚きですね。
そんな長いキャリアの中で、田口計さんの名前を広く知らしめたのが時代劇でした。
水戸黄門など時代劇の名悪役として人気に
田口計さんは「水戸黄門」「大岡越前」「暴れん坊将軍」など、多くの人気時代劇に出演しました。
なかでも悪徳商人や悪代官などの悪役を演じることが多く、時代劇ファンにはおなじみの存在となっています。
主役ではなくても、画面に出てきた途端に「絶対何か悪いことを企んでいる」と思わせる存在感は、名悪役ならではですよね。
もちろん実際の田口計さんは穏やかな性格だったといい、役柄とはかなり違っていたようです。
嫌われる役を演じながら視聴者には愛されるというのも、演技力があってこそでしょう。
そして、そんな田口計さんを象徴する言葉として語り継がれているのが、あの有名なせりふです。
「お主も悪よのう」の名ぜりふの生みの親ともいわれる
田口計さんは、時代劇でおなじみの「お主も悪よのう」という名ぜりふの“生みの親”ともいわれています。
時代劇に詳しくなくても、一度くらいは耳にしたことがあるフレーズではないでしょうか。
悪代官と悪徳商人がニヤリと笑いながら密談する場面まで頭に浮かんでしまうほど、今では時代劇を象徴する言葉になっていますね。
田口計さん自身が長年にわたり悪役を演じ続けたからこそ、このせりふと名前が結びついて語られているのでしょう。
93歳で亡くなった後にも代表的なフレーズが残っていることを考えると、その存在感の大きさが分かります。
一方で田口計さんの活躍は、顔を出して演じる仕事だけではありませんでした。
海外作品の吹き替えでも活躍
田口計さんは声優として、海外映画やドラマの吹き替えでも活躍しました。
ケーリー・グラントやマーロン・ブランド、リチャード・バートン、ジャック・ニコルソンなど、海外の名優たちの吹き替えを担当しています。
「刑事コロンボ」でも犯人役などの吹き替えを担当しており、落ち着いた低音の声を生かして存在感を発揮しました。
東大文学部英文学科を卒業した知性派で、時代劇では悪役、さらに声だけでも勝負できるとなると、かなり引き出しの多い俳優さんだったことが分かりますね。
では実際に、田口計さんはどんな作品に出演していたのでしょうか。
次は「水戸黄門」をはじめとした代表作を見ていきます。
田口計さんの代表作は?水戸黄門や大岡越前などに出演
田口計さんの代表作には「水戸黄門」「大岡越前」「暴れん坊将軍」をはじめ、数多くの時代劇やテレビドラマがあります。
一作品だけのイメージで知られた俳優ではなく、さまざまな作品に違う役で繰り返し登場しているのが特徴です。
昭和から平成にかけて時代劇をよく見ていた方なら、作品名を眺めるだけでも懐かしく感じるかもしれませんね。
毎回違う人物を演じているのに、「この顔を見たら何か起きそう」と感じさせるのも名脇役ならではです。
まずは、出演回数の多さでも目を引く「水戸黄門」から見てみましょう。
水戸黄門で数多くの役を演じた
田口計さんは、国民的人気時代劇「水戸黄門」に何度も出演しました。
1973年放送の第4部から出演し、その後も長期間にわたってさまざまな役を演じています。
同じ人物をずっと演じるのではなく、丑蔵、六兵衛、美濃屋五郎蔵、井筒屋久造など、作品ごとに異なる役を担当していました。
2000年代に入ってからも出演し、2011年の最終回スペシャルでは家老役を演じています。
何十年にもわたり同じ人気シリーズから声がかかるのは、制作側からの信頼が厚かったこともうかがえますね。
「水戸黄門」以外にも、田口計さんの顔を全国のお茶の間に浸透させた時代劇はたくさんありました。
大岡越前や暴れん坊将軍など時代劇で存在感
田口計さんは「大岡越前」や「暴れん坊将軍」などでも活躍しました。
「大岡越前」では複数のシリーズに出演し、黒門町の又蔵や吉五郎、徳兵衛などさまざまな人物を演じています。
さらに「必殺シリーズ」「銭形平次」「大江戸捜査網」などにも出演しており、時代劇の名悪役という呼び名にも納得の経歴です。
これだけ出演作品が並ぶと、昭和・平成の時代劇を支えた名脇役の一人といっても大げさではなさそうですね。
主役を引き立てる悪役が魅力的だからこそ、最後の成敗シーンも盛り上がります。
ところが、テレビ画面から離れた田口計さんは、悪役のイメージとはずいぶん違ったそうです。
悪役とは正反対の穏やかな性格だった
田口計さんは、悪徳商人や悪代官という役柄とは対照的に、普段は穏やかな性格だったとされています。
ここまで悪役のイメージが定着していると、私生活でも迫力がありそうに感じますが、実像はかなり違ったようですね。
演じる人物と本人の性格が正反対だったという点も、俳優としての技量を感じさせます。
仕事では「お主も悪よのう」が似合う名悪役、家庭に戻れば妻や息子、孫娘との時間を大切にする家族の一員でした。
このオンとオフの差を知ると、田口計さんという人物そのものにも興味が湧いてきます。
次は、田口計さんを支えた妻や息子など、家族について見ていきましょう。
田口計さんの妻や息子など家族は?
田口計さんには妻と2人の息子がおり、晩年まで家族との深いつながりがあったことが分かっています。
特に妻との関係はとても良好で、田口計さんが趣味として楽しんでいたシャンソンもずっと応援していたそうです。
時代劇では悪徳商人や悪代官として怖い顔を見せていましたが、家庭でのエピソードを知ると印象がガラッと変わりますね。
仕事では筋金入りの悪役、家では妻に応援される夫という振り幅には、ちょっとほっこりします。
ここからは妻との夫婦関係や息子、さらに孫娘とのエピソードを見ていきましょう。
妻は田口計さんの「1番のファン」だった
田口計さんの妻は、長年にわたって芸能活動を支えた存在だったようです。
次男の淳さんによると、妻は田口計さんの「1番のファン」のような存在で、「パパのシャンソンは最高」といつも話していたといいます。
夫の趣味まで全力で応援してくれるというのは、かなり素敵な関係ですよね。
約10年前に田口計さんに胃がんが見つかり治療を受けた後も、夫婦で旅行へ出かけたり食事を楽しんだりしていました。
晩年には妻も体調を崩し、夫婦で同じ病室に入院していた時期もあったそうです。
長い人生を一緒に歩んだ夫婦の関係が伝わってくるエピソードですね。
そして田口計さんの最期には、2人の息子が寄り添っていました。
息子は2人で最期の火葬にも立ち会った
田口計さんには長男と次男の2人の息子がいます。
本人の希望で葬儀は行われず、火葬には長男と次男の2人が立ち会ったとされています。
次男の淳さんは父親について、育ててもらったことへの感謝とともに「お疲れさまでした」という思いを明かしています。
華やかな芸能人の葬儀というより、ごく身近な家族に見送られた静かな最期だったことが印象的です。
なお、田口計さんの次男として俳優の岩田和樹さんも知られていますが、今回いただいた情報では「次男の淳さん」と記されているため、家族関係の詳細については断定を避けます。
では、田口計さんがおじいちゃんとして見せていた顔はどのようなものだったのでしょうか。
孫娘とのシャンソンも大切な思い出だった
田口計さんには孫娘がおり、一緒にシャンソンを歌った思い出もあったそうです。
次男とフランス人女性との間に生まれた孫娘が幼かったころ、フランス語でシャンソンを一緒に歌ったこともありました。
悪役としての田口計さんしか知らないと、孫娘とフランス語で歌う姿はなかなか想像できませんよね。
さらに孫娘から「人生楽しい?」と尋ねられた際には、少し考えてから「人生はつらいことが多かったかな」と答えたとされています。
70年以上にわたり芸能の世界を歩いてきた田口計さんだからこそ、短い言葉にも重みを感じます。
そして、家族との思い出にもたびたび登場する「シャンソン」は、田口計さんの晩年を語るうえで欠かせない存在でした。
田口計さんは晩年までシャンソンを愛していた
田口計さんは俳優として芝居を愛しただけでなく、趣味のシャンソンにも長年親しんでいました。
趣味の範囲にとどまらず仲間とグループを作り、ホテルの会場を借りて定期的にライブを開催するほどだったそうです。
東大卒で、時代劇の悪役を演じ、海外作品の吹き替えもこなし、休日にはシャンソンという経歴を見ると、本当に多才ですよね。
仕事一筋というより、自分の好きなことをしっかり楽しんでいたところにも親近感が湧きます。
晩年には「もう一度ライブをしたい」という思いもあったようで、シャンソンへの情熱は最後まで失われませんでした。
趣味でシャンソンのグループを結成
田口計さんはシャンソンが趣味で、仲間と演奏するグループを作っていました。
ホテルの会場を借り、定期的に小規模なライブも開催していたといいます。
芸能生活だけでも十分忙しかったはずですが、それとは別に好きな音楽を続けていたところが素敵ですね。
妻から「パパのシャンソンは最高」と応援されていたことからも、シャンソンは夫婦にとって大切な楽しみの一つだったのでしょう。
孫娘とフランス語で歌ったというエピソードまであり、単なる趣味以上に家族をつなぐ存在にもなっていたように感じます。
そんな田口計さんには、晩年になっても実現したかったことが残っていました。
最後にもう一度ライブをすることを望んでいた
田口計さんは晩年、もう一度シャンソンのライブを開催したいと考えていたそうです。
しかし足元がおぼつかなくなり、声も出にくくなっていたため、実現することはできませんでした。
93歳近くになっても「もう一度やりたいこと」があったという話には、胸を打たれるものがありますね。
年齢を重ねると新しいことどころか、休日にソファから立ち上がるだけでも気合いが必要な日があります。
それでも好きなことへの気持ちを持ち続けていた田口計さんの姿勢は、年齢に関係なく趣味を持つことの大切さも感じさせます。
最後に、田口計さんが歩んだ93年間を振り返ってみましょう。
芝居とシャンソンを愛した93年の人生
田口計さんの93年間を振り返ると、芝居と音楽を長く愛し続けた人生だったことが伝わってきます。
1933年に長野県で生まれ、東京大学文学部英文学科へ進学し、1955年に映画デビューしました。
その後は「水戸黄門」「大岡越前」「暴れん坊将軍」などで悪役として存在感を発揮し、海外作品の吹き替えでも活躍しています。
一方、家庭では妻と旅行や食事を楽しみ、孫娘とシャンソンを歌う一面もありました。
画面では悪そうな笑みを浮かべていても、私生活まで「お主も悪よのう」だったわけではなかったようですね。
93歳で人生の幕を閉じましたが、出演作品や名ぜりふを通じて田口計さんの演技はこれからも残り続けます。
「水戸黄門」などを見返したとき、悪徳商人が登場したら田口計さんの顔を探してみたくなりますね。
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